第13章 ※宵の宮・雨月夜の契り※
突如。「くしゅんっ」と、身震いと共に小さなくしゃみをした。
寒い。雨に濡れた浴衣が肌に貼り付いているようで、ひどく気持ち悪かった。
「申し訳ありません・・・」
「何を謝る・・・。此方こそ・・・、気が利かず・・・、悪い事をした・・・」
「い、いいえ。大丈夫です。失礼を致しました・・・」
剥き出しになったキリカの肩が小刻みに震えている。相貌も心なしか蒼白い。このままでは風邪を引いてしまう。
「早く・・・、風呂に入って参れ・・・」
「巌勝様は・・・?」
「私は・・・、後でよい・・・」
言うと、黒死牟はキリカの手を取った。浴室の扉の前へと連れて行く。
「ゆっくり・・・、温まってくるのだぞ・・・」
「ありがとうございます。お先に戴いて参ります」
一礼すると、キリカは扉を静かに閉めた。気配が浴室へと消えていく。
黒死牟は踵を返すと、部屋の隅に設えてある寝台に向かった。
御簾を捲り上げる。寝具の上に座し、キリカが風呂から出てくるのを待つことにした。
「・・・・」
あの娘を前にすると、どうしてこうも堪え性が無くなってしまうのだろうか。何百と齢を重ねたが、このような事は初めてだ。
脳裡に浮かぶのはキリカの事ばかり。
胸を焦がすような恋心も、独占欲も。人であった時も、鬼に転じてからも、ただの一度たりとも。
キリカを形作る髪の一筋すら愛おしい。永遠に自分の元に留めておきたい。
「永遠に、か・・・」
不可能ではない。だが、そうするには。
「・・・・」
自嘲するように笑うと、おもむろに六つ眼を全て閉ざした。叩き付けるような雨音が耳に心地好い。
キリカが「雨の音を聞くと、よく眠れるんですよ」と言っていたのを思い出す。
鬼は眠りを必要としない。だが。たまには人であった時を倣ってみるのも悪くない。
とりとめのない思案に身を任せ、四半刻も過ぎた頃。
「さすがに遅いな・・・」
待てど暮らせど、キリカは風呂から出てこない。浴室から、物音一つすらしない。