第13章 ※宵の宮・雨月夜の契り※
「あっ・・・」
視線が絡まり合う。同時に、黒死牟の懐に抱き寄せられた。
「美しい・・・」
屈んだ黒死牟が顔を近付けてくる。
「今宵のお前は一段と美しい・・」
「巌勝様、人が・・・」
やんわりと断るが、黒死牟は聞く耳をもたない。右手をキリカの頬に添えると軽く力を込めた。
「構わぬ・・・。皆・・・、花火に夢中だ・・・。誰も見てはおらぬ・・・」
「ですが・・・」
言いかけた言葉は口付けの中に溶けていく。周囲のざわめきが急激に遠退いていった。
「・・・・」
「許せ・・・」
人に見られてしまったのではないか。ばつの悪さに俯いてしまったキリカに黒死牟は小さく詫びた。
「そろそろ戻るか・・・」
「・・・・はい」
こくりと頷いたキリカの前に、黒死牟は手を差し伸べる。キリカは己の右手を重ねた。二人の指が、しっかりと絡み合う。
「巌勝様、今日はありがとうございました」
帰り道。二人はぴたりと寄り添って歩いていた。来た時と同じように。
「こんなにたくさん買っていただいて・・・、いつも申し訳ありません」
「私は・・・、お前の喜ぶ顔が見れれば・・・、それで良いのだ・・・」
キリカの笑顔。まるで、今を盛りと咲き誇る春の花々のようだ。
鬼に転じ、数百年。漆黒の闇を一人で這うような孤独に覆われた心の奥底まで、優しく染み渡るような笑み。
その時。
ぽつり、と頬に水の感触がした。雨である。小さな水滴だったそれは瞬く間に勢いを増した。
「そんなっ」
せっかく買ってもらったものが濡れてしまう。キリカは庇うように懐に抱え込んだ。
「しっかり捕まっておれ・・・」
「あっ!」
キリカを横抱きにすると黒死牟は目にも止まらぬ速さで駆け始めた。
「ここなら・・・、よかろう・・・」
足を止めたのは、いわくありげな建物の前だった。
扉とおぼしき所には蔦が絡まり、ぱっと見には入り口だと分からないようになっている。まるで、人目を憚る者達が出入りするような造りだ。
「巌勝様、ここは・・・?」
「逢引宿だ・・・」