第6章 閑話 遣らずの雨(やらずのあめ)
心が弱っている時に決まって聞こえてくる声たち。おじいちゃんはきっと同情なんかじゃないと思いたい自分と、思っていない自分が無意識に存在するだろう。
声の言う通りかもしれない。20年も生きてきて、友達が里の女の子たちが恋で賑わってる中、私は誰の事も好きになれなかった。
【スキ】が分からない。どうしたら人を愛せるんだろう。愛されるんだろう。
だってね。先を考えると、もし愛しても愛されてもお父さんとお母さんみたいにそれは簡単に崩れてしまうものかもしれないのに。
そう考えると余計に、自分の中へ大きな穴が空いていくようだった。
私の愛を受け取る器はきっとザルのように掬っても注がれてもこぼれ落ちていくんだろう。
前の線香はいつの間にか小さくなってポキリと折れていた。
雲行きも段々と怪しくなってきている。
『また来るね。』
後ろを向いた時、ふっと暖かな気配を感じたがそれも一瞬だった。
振り向くと母と祖母の石は先程と様子が変わらない。
雨がポツポツと降り出す。
「愛してる。」
いつかの母と祖母が微笑んだ気がした。
その日の夜、カカシさんはまた傘をささずに濡れてやってきた。
いつものように緩く目を細め申し訳なさそうに、でも嬉しそうな顔をする彼にいつの間にか私が癒されている。
「今晩はちゃん。また来ちゃった。」
私はきっとこの人を【スキ】じゃない。
【スキ】なってはいけない。胸の奥にある小さな箱にそっと蓋をする。
でも、でも。
『いらっしゃいませカカシさん。』
どうか、今日は少しだけ雨が長く降りますように。
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【遣らずの雨】帰ろうとする人を引き留めようとするかのように降る雨。