第6章 閑話 遣らずの雨(やらずのあめ)
墓地に着くと、母と祖母の眠る石の周りには苔がむしていた。久しぶりに来たからだろう。
しかし、石の方には何も無く不自然なほど綺麗なままだ。
おじいちゃんなら周りも掃除しているだろうから、なにか不思議な力でも働いてるのかと考えてしまう。
『お母さん、おばあちゃん。久しぶり。木の葉に戻ってきたよ。』
当たり前だけど、返事は帰ってこない。
水を入れ花を生けた。
山中さんちは相変わらずセンスが良く、ピンクの花や白に紫の可愛らしくも墓に備えてもおかしくない物を選んでくれている。
これならきっと、2人も喜んでくれるだろう。
母の好きだった桜の香りがする線香に火をつけた。細い煙がまるで糸のように空へと向かっていく。
朝と同じようにまた手を合わせた。
思い出すのは、14年前。
お母さんが自殺した日のこと。
そして、お父さんが葬式後に姿を消したこと。
お母さん、おかあさん。
まだちっちゃかった私が覚えてる、『愛してる』って言葉。
『は本当に可愛い宝物』って言葉。
アレは本当ですか?ならどうして、私を連れて行ってくれなかったんだろう。
どうして、私を置いて行ってしまったんだろう。
ねぇ、お母さん。強くて、かっこよくて、美人で、優しくて自慢のお母さん。
そして人より繊細で弱くて、私を置いていった薄情なお母さん。
『アイシテルよ。お母さん…会えたらいいのにね。話したいこと、いっぱいあるの。』
話しかけても、返す人はどこにもいない。
初夏の暑くなってきた空気に、雲に、揺れる木々にどこまでも吸い込まれていくだけ。
耳元で時折悪魔が囁く。
「お前のオジイチャンは同情して面倒見てるんだ!」
「本当はお前は愛されてなんかない!だってそうだろう?オカアサンもオトウサンもお前を置いていったじゃないか!」
「薄情なのはお前だ!だって今まで誰も好きになった事がないじゃないか!愛がないんだ!お前の中は空っぽなんだ!」