第6章 閑話 遣らずの雨(やらずのあめ)
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おじいちゃんと一緒に祖母の写真に手を合わせる。
ぼんやりと朱を灯し、線香の煙が燻る。
今日の香りは白檀らしい。芯の強い女性だった祖母が好みそうな上品な香りだ。
「ばあさん、今日も一日宜しくな。」
おじいちゃんの言葉を合図に手をおろし顔を上げる。
写真の祖母と目が合ったような気がした。まるで、おじいちゃんを頼むねと生前と変わらぬ声で囁かれたようだ。
もちろんだと心の中で返した。
祖母は、母の代わりにいつも優しく厳しく接してくれた。
それが当時の幼い私には分からなくて。
母がいないことが辛くて、苦しくて。
「おばあちゃんはお母さんじゃない!!」
と1度だけ言ってしまった事がある。
あの時の祖母の唇を噛み締めた悲しそうな顔は、今でも記憶として私の中に鮮明にある。
それを謝れなかった事が私の祖母への1番の心残り。
だから、せめておばあちゃんの願いは叶えてあげたい。
『ご飯にしよっか。』
「おう。」
祖父と2人きりの朝ごはん。12年前は祖母もいて3人の食卓だった。
その前は父がいて、母も生きていて、その時も3人。
バターをたっぷり塗った食パン1枚に珈琲。おじいちゃんは、パンに牛乳。歯が悪くなってきたのか、少しちぎったパンを牛乳に浸して食べるのが最近のスタイルらしい。
老眼鏡をかけ新聞を捲り始めた祖父を背中に、洗い物をして次に洗濯。これが日課。
水につけておいた昨日の夕方に買った山中さんちのお花を取り出し、包装紙にくるむ。
『おじいちゃん、ちょっと出かけてくるね。』
「気ぃつけてな。」
老眼鏡を下にやり上目遣いでこちらを見た祖父に手を振り家を出た。
今日は、母の月命日だ。