第5章 小鷹狩澄真
*
「えー、では国歌斉唱。会場の皆様はご起立ください。」
パイプ椅子からみんなが立ち上がる。
規則正しく進む長い長い入学式に皆がうんざりし始めた頃…
ひときわ目を引く赤髪の美少年が、突然その場にしゃがみこんだ。
とたんにざわつく体育館。
「ちょっと…なに?」
「あいつ、いきなりしゃがんでるぜ」
「何なんだろう」
…そして、私の位置はそんな彼の真横であり、
状況が呑み込めないまま、ただただ立ち尽くしていた。
数十秒固まったあと、私はハッとして彼に話しかける。
『あの…大丈夫?具合、悪いの?』
すると彼が、おもむろにこちらを向いた。
…なんて、綺麗なんだろう。
美しい水晶のような茶色の目に見とれていると、
彼は言った。
「足が、痛い。」
『…は?』
「立ってるの、疲れた。だから、しゃがんだ。」
『………。』
私たち二人の会話を聞いていた周りはぽかーんとしていて…
いや、それよりも何よりも、いちばん意味がわからないのはこの私だ。
『なに、ご起立くださいって言われて突然しゃがむって、なに?』
「だから、足が、痛かった」
『我慢しなさいよ!みんな何事かと思ってこっち見てるジャン!?ほら…目立つから、とりあえず立って!具合は悪くないのね?』
「…わかった。具合は悪くない。でも…」
『はいはいはい、あとでちゃんと休みましょうね!もうすぐ座れるから、いまは立って!』
*
…こんな具合でなんとなく、だらだら付き合いを続けている私と小鷹狩澄真。
入学してそろそろ2ヶ月になるが…
私はすっかり、常識から外れた彼の行動に慣れていて、
同時に慣れる以外に、別の感情も芽生え始めていた。
「明穂」
『あ、…ごめん。ぼーっとしてた。なに?』
「なんでもないけど、変なところ見てたから、気になった」
『あぁ…』
(こいつ、変なとこだけはよく見てるんだよなぁ。)
あんたのことを考えてたんだよ、なんて言えるはずもないから、適当に誤魔化して通学路を歩く。
私は、最近ぼんやりする理由が、徐々に分かりつつある。
…きっと小鷹狩澄真のことが好きになってしまったのだ。
目を離すとすぐ何かやらかす、放っておけない、
そんな彼のことを、…好きになってしまったのだ。