第8章 前兆
「…え?」
「あの時、助けてやれなくて」
しかし、
謝ったことは“関係ない”の言葉にではなく、
「あ、あの時?」
「お姉さん令嬢に、色々言われた時」
見ていたにも関わらず、助けなかったことに対して。
「あ…」
すみれはその時のことを思い出す。
「ごめん、な。」
「そ…そんなこと、無いよ!
あの後、その人のティーカップが割れて、お茶会もお開きになったし…!」
「俺がやったんさ」
「え?」
「俺がやったの。ちょっと細工して。話題逸らせて、あわよくばドレス汚れて帰るかな〜って!」
ニシシッと、ディックはいつもの悪戯っ子な笑みを浮かべ、一瞬で軽やかな雰囲気を作る。
「そう言えば、ディックがお茶を入れてたような…
凄いね、そんなこと出来るの?」
「まあな。…でも、すみれに怒りの矛先がいくのは、予想外だったさ。」
ごめんな、と再び謝るディックに、すみれは首をぶんぶんと振り、否定する。
重苦しい雰囲気などなかったかのように、いつもの楽しい笑い話を沢山した。
(…ごめん、)
(ごめん、な。)
(……“関係ない”に、謝ってやれないさ。)
それに謝罪する事は、傍観者である自分を否定することになりそうで、ディックは言葉に出来なかった。