第8章 前兆
「わっ…?!」
体が宙に浮いたのはティキがすみれの腰を持ち、抱き上げた為であった。
そのまますみれを馬車へ乗せる、その時
ティキは、すみれの頬に口付けをした。
「…友人なら、出来るのはここまでかな」
「ちょっ…え?!」
すみれは何が起きたのか、戸惑うばかりである。
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
ティキは馬車を操縦する御者に、出発するよう伝える。
すみれを乗せた馬車は走り出す。
(ちょっと…!?)
何か言葉を発しなければ
すみれはそう思うものの、馬車は走り出したため、ティキとどんどん離れていく。
「ティキっ!…ま、またね!」
今日はちゃんと令嬢できなくてごめん、とか
タバコ吹きかけるの辞めて!とか
友人なら…って、どうゆうこと?とか
何でキスしたの?とか
言いたいことは沢山あったが、やっと言えたのはそれだけであった。
すみれは馬車の窓から、体を出来る限り乗り出す。
「…またな!」
落ちんなよ!と、ティキは手をずっと振ってくれる。
すみれはその様子を、ティキの姿が見えなくなるまで見ていた。
*
「ティキ…」
ティキの姿が見えなくなり、窓の外を見ながらぽつりと呟く。
その呟きは、誰にも拾われる事は無いーーーー
「んで?名残惜しい別れは終わったさ?」
ーーーーーはず、だった。
「?!?!!」
「お疲れさん」
「…え。
でぃ、でぃ、でぃ……!??
…………ディック!!?」
「おう」
振り返ると、馬車の奥の席に、窓枠に肘を付いて座るディックがいた。
「え?!いつから居たの?!!」
「すみれが馬車に乗る前から。」
「えぇっ…!!?嘘でしょっ…?!」
すみれの心臓は、ばくばくと激しい音を立てる。
吃驚したなんて、そんなレベルではない。
(私、人の視線とかあんまり感じ取れない方だけど…だからって!自分以外の人が、こんな近くにいたのに…っ!)
「ぜ、」
「ぜ?」
「ぜんぜん、気づかなかった…!!」
ディックはニコッと笑い「職業柄さあ〜」なんて言っている。