第8章 前兆
* * *
すみれは言われた通り、屋敷の正面にてティキを待っている。
令嬢の彼女に言われたことが、頭の中で木霊する。
“事業が上手くいってない”
“危ない事業に手を出した”
“家族とは違う、アジア系”ーーーーー
(この不快感は、なんだろう…)
怒り? 悲しい? 寂しい?
彼女に言われたことが、嫌だったのか?
いや、どれも違う。
これは、
(……不安、なんだ。)
何も知らなかった事が、不安なんだ。
知らなかったことを知り、不安になったんだ。
叔父様と叔母様は、何をしているのだろう?
私は二人の遠縁とはいえ、何故私だけアジア系なのだろう?
二人は私に、何か隠しているのだろうか?
ふと、ある言葉が思い浮かぶ。
(無知は罪なり、知は空虚なり、英知を持つもの英雄なり…)
ソクラテスの言葉、だ。
すみれは超訳を思い出す。
(知らなかった、わからなかったというのは罪。
知識だけあって行動しないのは空しい 。
知識があって行動するものだけが、優れた人ーーー)
最近はディックと勉強をしているし、色んな事を教えてもらった。
だから、何でも知っているような気がしていた。
気がしていた、だけだった。
(なあーんにも、知らなかったな…)
自分の無知さを思い知らされ、恥じる。
帰ったら、調べてみよう。
自分の目で見て、頭で考えて、
噂が、嘘か真か 確認しよう。
(火の無い所に、煙は立たないって言うけど…)
このままでは、いられない。
今すぐ調べたい所だが、明日から始めよう。
だって、今日は
(ディックの、誕生日だもの……)
それは。今日しか、ない。
精一杯、祝いたいじゃないか。
だから、落ち込むのは辞めた!やめやめ!
すみれは自分を奮い立たせる。
(…というか、ディックは何処に行ったの?!)
側で使用人をしているかと思えば、気づいたら姿を消していた。
(一緒に帰ろうって、言ってたくせに…)
思わず頬を膨らませた。
しかし、ディックは仕事で来ている事を思い出すと、すみれの頬は自然と萎んだ。
そんなことをしていると、ふと、タバコの匂いが漂ってきた。
「悪ィ、待たせた」
タバコを咥えた、ティキが来た。