第8章 前兆
「では、ここで御開としましょう」
お茶会の主催者である、ティキの声が静かに響き渡る。
「終る時間が少し早いですが、レディのドレスが残念なことに…」と、ティキは悲しそうな顔で言う。
「ミ、ミック候!私は大丈夫ですから…!」
先程の怒り狂った彼女は、何処に行ったのやら。
今は頬を染め、ティキへ駆け寄っている。
「それはなりません。直ちに馬車までお送り致します」
ティキは彼女の肩に手を添え、部屋を出ようと催促する。
彼女をエスコートする、ティキとすれ違うーーーーーー
“屋敷の正面で、待ってて”
ティキはすみれにだけ聞こえるように、耳元でコソッと呟く。
「…!」
すみれは慌てて振り返る。
「皆様、本日はご来賓頂き有難う御座いました。
次はガーデンパーティを催す予定なので、招待させて頂きます。」
ティキが恭しくお辞儀をする。
すみれはティキを見るも、ティキはすみれに見向きもしなかった。
ばたんっ
大きな扉が音を立て、ティキは部屋を出て行った。
それを合図かのように、皆足早に部屋を出て行くのであった。
* * *
「ミック候、見送って下さり有難う御座います!
次のガーデンパーティはいつですの?
私、楽しみで仕方がなく…」
ティキは彼女をエスコートするも、適当な返事や相槌をするだけである。
ティキが寡黙でいることをいいことに、彼女が馬車に乗り込む間際、
「すみれさんの態度ったら、不愉快極まりないことだと思いません?
御自身の、身の程も知らずーーー」
ダンッッッッ!!!!!!
彼女の横顔を掠めるように、ティキの手が、彼女の背後の馬車を強く叩いた。
「身の程をしらないのは、どちらかな?」
ティキは誰もが見惚れる微笑を浮かべるも、目は笑っていない。怒りが滲み出ていた。
「彼女の家は、レディよりずっと特別なお得意様でね……その、“危ない事業”ってヤツの。」
彼女の髪をサラッと撫で、耳元に唇を寄せる。
「令嬢でいたいのであれば金輪際、彼女の事を言いふらさないことだね。
さもなくばーーーーーー
消えちゃう、かもよ?」
ずり落ちる彼女をそのままに、ティキは立ち去った。