第8章 前兆
ディックの誕生日を知ったのが、誕生日の数日前だったこともあり、本当にハンカチと小さなケーキしか、準備が出来なかった。
(…プレゼントにハンカチって、“別れ”を意味するって言うけど、本人からの要望だし…)
せめて気持ちが篭っていることが伝わるように、メッセージも兼ねて、すみれは刺繍を施した。
“ Happy Birthday DICK
19☓☓.8.10 ”
うん、できは悪くないと思う。
こう見えて手先は器用な方であるし、裁縫や何かを作ることは好きだ。
一応、誕生日ケーキも手作りである。
生クリームとフルーツでデコレーションをしたので、そんなに見栄えは悪くない…はず、だ。
ディックの好みを把握していないので、口に合えばいいのだが。
(というか、ディックの好きな物……
あんまり知らなかったんだ、私。)
こんなに一緒にいるのに、彼の事を全然知れていないことに今更気づく。
(ディック、自分のことあんまり話さないしなあ…だからって、)
好きな人の、好きな物を知らないなんて。
なんだか情けないような、呆れるような気持ちだ。
(こんなんじゃ、“好き”なんて尚更言えないやー…)
ハンカチだけはいつでも渡せるように、ラッピングを施しバックに忍ばせてある。
そっ…とハンカチに手を添える代わりに、バックを優しく撫でた。
(でも、それでも。喜んでくれたら嬉しいなあ。)
お茶会であるが会話に入る気になれず(今更話にも入れず)、窓際に寄り、美しい庭園を眺める。
彼らの会話がBGMのように、微かに聞こえる。
「そうなんですね」
「素敵だわ」
「あら、ミック候…」
(早く、帰りたいなあ…)
窓際にこつん、と頭を寄せる。
すみれはディックとの会話を思い出す。
『ーーーお茶会終れば、すぐ会えるさ。
先約だし、ちゃんと令嬢してこいよ?』
終ればすぐ会えるって、言ってたけど
どういうことだろう?
私の屋敷で待ってる、ということだろうか。
それなら、尚更早く帰らなきゃーーーーー
「さっきからさ、一人で何むくれてんの?」
いつのまにか、ティキがすみれの隣にいた。