第7章 嘘
どうして、この世から戦争が無くならないのだろう。
人間は言語というツールを持ち、意思疎通が可能なのに。
もし戦争を起こしたのなら、技術が発展している大国が勝つ事など容易に想像できるのに。
どうして、人間は愚かなのだろう。
「…愛する人が、いるからじゃないかな?」
すみれはいつも、俺では導き出せない応えをしてくれる。
「もし、ね。
愛する人が、誰かに怪我させられたりしたら、その人を恨むと思うし、やり返したくなると思うの。」
「…無謀で、己の惨敗がわかってた、としても?」
俺には、心底理解できない。
「…これも、もしも、の話だけど。
私の両親はね、事故死だけど。
もし、誰かの手によって命を落としてたら
刺し違えても、私は相手を殺してやりたい。
…そんな風に、きっと思うよ。」
もしも、だけどね。とすみれは苦笑いをする。
そんなすみれ見て、ひゅっと喉がなる。
どんな理由であろうと、すみれが人を殺せるわけがない。
だから、想像してしまった。
すみれが、殺されてしまうところを。
すみれの、死を。
駄目だ。
絶対に、嫌だ。
すみれに手を掛けた奴がいたら、俺は。
絶対に許さない。
絶対に、殺しーーーーーーー
「戦争があっていいなんて、少しも思ってない。」
すみれの声が耳に入り、ハッとする。
(俺は、今…)
自分の感情に飲まれていたことに、ディックは気づき、驚く。
(すみれがいなくなるって思った瞬間、怒りで、何もかも吹き飛んだ……)
それは、自分がとても嫌いな“愚かな”思考であった。
(ただ想像の範囲とはいえ…この俺が、感情だけで行動を起こそうと、し…た?)
気付けば、固く握りしめたディックの拳はひどく汗ばんでいた。