第7章 嘘
ーーーーーーー“好きだよ”
この一言は、やっぱり伝えることが出来ない。
ディックを、困らせたくない。
「…何でも、ない」
「変なすみれさ」
ディックはぽんぽんと、すみれの背中を擦る。
私は、幸せ者だ。
別れがあったとしても、ディックと出会えたんだから。
こんな素敵な人、会ったことがない。
たくさんの、知識と知恵をもらった。
忘れられない、思い出をもらった。
恋する楽しさを、もらった。
これで、十分ではないか。
これ以上、望んじゃいけない。
欲張りに、なっちゃいけない。
「…もう、大丈夫だよ。ありがとう、ディック。」
「そう?またいつでもいいさ」
ディックはそっ…とすみれから名残惜しそうに離れる。
すみれは話題を変えるために、机に置いてある日本の本に手を伸ばす。
「ねえ、ディック。この本にね、こんなことが書いてあったの。」
「どれどれ?…TANABATA?」
「そう、“七夕”っていうの。
…日付はとっくに過ぎちゃったんだけど、日本では7月7日にお願い事を紙に書いて吊るす風習があるんだって。」
「へぇー!願い事ねえ」
「せっかく知ったからさ、お願い事書いてみない?」
ディックの反応はイマイチだが、ノートを少し破り、ペンと一緒に半ばむりやり渡す。
「願い事ねぇ…すみれは何書くん?」
何書くさねーと、紙をぺらぺらさせながらすみれに問う。
「私のお願い事は、これかな?
“みんなが幸せになりますように”!」
「自分の願いじゃねえの?自分の幸せとか、叶えたいこととか。」
「……私は、幸せだよ?
充分過ぎるくらい、幸せ。…自分の事を願うほどの、ものが無いくらい。幸せ、なんだよ。」
すみれはそう言うと、綺麗に笑ってみせる。
ノートの切れ端に書いた願い事を、窓枠の上にぺたりとテープて貼付け、風になびいて揺らせてみる。
「なんさ、それ…」
ディックは不満そうな声で、ボソッと呟いた。
「ディックは?なんて書くの?」
「俺はーーーーー」