第6章 願わくば
「それ、つけてくれてるんさね。」
「それ?」
私が首を傾げると、ディックは私の髪留めに触れる。
「俺があげたやつさ。」
「毎日つけるって、言ったでしょ?」
気づいてもらえた嬉しさから、笑みが溢れる。
すると、ディックは驚いたような顔をした。
「こんな舞踏会に、つけてこなくてもいいのに」
「そう?このヘアアクセサリー、今日みたいな日はさり気なく付けても可愛いでしょ!もちろん、普段は主役として付けるけど」
大きすぎず、小さすぎず、デザインも繊細で気に入っている。
でも、本当の理由はそうではない。
「…最近、ディックに会えなかったから。ちょっと寂しかったし?会えるかなあなんて、思ってつけてみたり…
そしたら、本当に会えたよ」
最後の方は恥ずかしくなってしまい、言葉が小さくなる。
ディックはパッと私の髪から手を離し、バルコニーの手摺に顔を埋め、はーーー、と深い溜息をついている。
ディックがどんな表情をしているか、わからない。
「ディック?」
私、変なこと言ってないよね?
そっ、とディックの側に寄る。すると、
「そういうのはさ…反則さ」
ディックは顔を上げ、自分の赤髪をがしがしと掻く。
ああっ 綺麗に髪型セットされてたのにっ
「明後日さ」
「え?」
「明後日なら、仕事も一段落するから…また会いに行く。」
バルコニーの手摺に両肘をつけ、遠くの景色を見つめて言う。
相変わらず視線は私と交わらないので、どんな表情をしているかわからないが、ディックの耳がほんのり赤く染まっていた。
「…待ってるね!」
バルコニーからの景色を見るフリをして、ディックの横に並ぶ。
「…おう。」
いつもは窓越しで一緒にいるせいか、ディックの横に並んだら距離がぐっと近づいた気がした。
正面で彼とあんなに向き合っていたのに、横に並んで意識してしまうことがあった。
思ってた以上に、背が高いなあとか。
目線を合わすには、ちょっと見上げないといけないなあとか。
隔たりがないだけで、すぐ手が届きそうとか。
隔たりがあったから、ディックとは別世界を生きている気がしていた。
でも、今
同じ空気を吸っていること
同じ景色を見ていること
同じ世界を生きていること
彼の横で改めて実感することができて、嬉しくて鼻の奥がツンとした。