第6章 願わくば
「や!先程はどうも♪」
片手を上げ、手をヒラヒラさせているこの男。
先程は正装だったが、縛ってあった髪は解き、ジャケットやベスト、手袋は脱がれ側に置かれている。
終いには靴、靴下まで放り出されている。
今の姿はパンツからYシャツを出し、腕まくり、裸足である。
ついでに言うと、口からは鯉の背骨と尾ビレが見えている。
「…何か御用かしら?」
何処から突っ込めばいいのか。わからない。
そして、何故私は彼の手招きを真に受けて中庭に来ているのか。
「いや?ないけど?」
鯉の骨をまるで糸楊枝のように使っている。
「え、なんで私呼ばれたの?」
次はたばこを吸いだす彼に問いかける。
「舞踏会は息が詰まるだろ。俺との会話があるって言えば、ダンスも他の会話も免れるかなと思って」
どうやら、連れ出してくれたらしい。
「…ミック候はすごい貴族だもの。叔母様も、あなたとの談笑なら喜んでさせてくれる。ここに呼んでくれて、ありがとう。」
「ティキ、な。堅苦しいの好きじゃないんだ」
そこまで言うのであれば、ティキと呼ばせてもらおう。
「…ティキは、変わってるね。あなたと比べたら、私なんて大した階級の貴族じゃないのに。…それと、鯉って美味しい?」
私はしゃがみ込み、池の鯉を覗く。
池の中には白や赤、または金色に輝く色鮮やかな鯉たちが優雅に泳いでいた。
まるで、池はダンスホールで、鯉はそこでダンスする私達人間だ。
この狭い世界を表しているようだった。
ティキも同じように、私の隣に腰を下ろした。
「俺、あんまり社交界って興味ないんだわ。鯉は見て楽しむより、焼いたほうが本当は美味いんだけど。」
食う?と言い腕捲りをしたので慌てて遠慮した。