第6章 願わくば
「…こんなになびかないレディは、初めてだよ」
「えっ?」
ポツリ、とミック候が呟いた言葉の意味を、すぐに理解することができなかった。
「それとも、レディには心に決めた殿方がいるのかな?」
さっきは憂いを帯びた顔をしてたからね、と。
「そ、そんな方は…」
いない。と言いかけて、ふと思い浮かんだのは
たくさんの本に囲まれた
赤髪の 少年、の姿。
(…いやいやいや!ないから!
一緒に本を読むのが好きなだけ!
ディックのことは、好き…だけど、
そう言う、好き じゃ…ーー)
「ぷ…あははははっ!」
突然、ミック候が笑いだした。
「一人で百面相してるぞ。ついでに言うと
…頬も染まってる、
可愛い。」
耳のそばで、色気を含んだ声で囁かれる。
「…なっ!何するの?!」
耳を押さえて、バッと離れる。
気づけばダンスの音楽も鳴り止んでいた。
「面白いレディだな、もう一曲どう?」
ミック候は跪き、再び私の手の甲にキスを送る。
「遠慮するわ。あなたとなんて、心臓がもたないもの」
少しの怒りと、恥ずかしさが混じった顔をする。
まだ胸がどきどきと激しい鼓動を打つ。
「ティキ」
「え?」
「俺のことは、ティキでいいよ。あ、二人のときはな?すみれって呼ばせてもらうし。」
ティキは私の手を取り、叔母様の元へ歩き出す。
「もうこんなやり取り、きっとすることないわ。残念だけど。」
ちっとも残念そうな素振りを見せずに言う。
「少しは寂しがってくれよ?また会おうぜ、すみれ」
叔母様の前まで送り届けてもらい、ティキは侯爵の顔に戻り、恭しくお辞儀をして去って行った。
(嵐のようだった…)
は〜…
誰にも気づかれないよう、深いため息をついた。