第16章 覚えておいて
息のあった軽やかなステップが生み出されるのは、お揃いの靴のおかげだろうか。
(…ラビ、凄く上手だ)
踊りながらそんな事を考えられるくらい、ラビの完璧すぎるエスコートに身体を委ねていると頭上から声が降ってきた。
「一緒に踊ったこと、なかったよな」
「―――そうだね、…って!ラビって、社交ダンスもできるんだね!」
びっくりしたよ、と素直に驚いたことを伝える。
「練習したからな」
「えっ?」
「いつかこーやって、すみれと踊ってみたかったさ」
「そ、…」
そうなんだ、と素っ気ない返事をしてしまって後から後悔した。というより、なんて言えば良いのかわからなかった。
(だって、私のために…?)
私と踊ってみたかった、なんて。私のために練習してくれた、なんて。期待してしまうじゃないか。
―――いや、それはもう何年も前の出来事だ。
「…ラビの祭り好きもそうだけど、ダンスも私が影響してたりして!」
そうだ。過去のことだ。期待なんてしてはいけない。だからワザと明るく努めて柄にもなくお調子者のような事を言ってみる。
「そーさ」
「!」
「全部、すみれの影響さ。……だから、すみれは俺にとって“特別”さ」
「――ッ、う、ん…」
そんな風に、思ってもらえていたなんて。
私が期待していたような“特別”の意味ではなかったけれど、ニヤける唇を噛み締めるくらい、嬉しい。
「…私も、ラビは。昔から特別だったよ」
同じように思えていることが、嬉しい。
この気持ちが少しでも繋がれている手から伝染してほしいな、と思いながらくるりくるりとダンスを踊る。
「―――幸せに、なっていいんさ」
「え?」
嬉しさを噛み締めながらダンスに集中していると、再び頭上から声が降ってきた。
脈絡のない話に驚きパッと顔をあげると、真面目にすみれの目を見つめて言うラビの顔が間近にあった。
「すみれは幸せになっていいんさ」
「ど…、どうして?」
どうして、こんな話題になったのか。どうして、そんな事を言い出したのか。
何故かわからなくて、色々な意味を込めてこのように聞いた。