第16章 覚えておいて
「俺さ。こーゆー昔話ってあんましたことねーんだけど。…いいな、こーゆーのも」
「うん、そうだね」
きっとブックマンの仕事柄、1つの国や地域に留まらないからだろうな、とすみれは心の中で呟く。
「またさ!すみれのとーちゃんとかーちゃんに、お礼言いに行こうぜ」
「ほ、ほんと?」
「おう!つーか、オレが行きたい」
教団でのすみれのイロイロを報告しないとな!っと、穏やかな悪戯っ子の笑みを浮かべる。
ほんの少しだけ、その笑顔に魅入ってしまった。
「…ち、ちょっと!変なこと言わないでよねっ」
二人でわいのわいのとフザケ半分に笑い合う。
(嬉しいな…)
そんな風に言ってもらえて。
しかし、同時に頭に浮かんだ問い。
本当に 一緒に行ってくれる?
だって あなたはブックマンでしょう?
またいつか 黒の教団から離れる日が訪れるのでしょう?
「…」
「すみれ?どした?」
「、ううん、なにも!」
こんなこと、口が裂けても聞けない。
いつかわからない未来に気を取られ、今この楽しい一時を疎かにしたくない。
不安は拭いきれないものの、頭を振って思考を変える。
(あれ、そう言えば…)
先程、私が馬車道側を歩いていたのに、気づけばラビがそちら側を歩いている。
(…いつの間に。)
靴擦れの事もそうだけど。こんなに色んな事に気づいてくれて、何も言わずにエスコートしてくれる。
(ラビの恋人になった人は、羨ましいな…)
なんて、知らない未来の誰かに嫉妬する。
(もう 認めざるを得ない)
ラビが好き
「ッ…!」
自分の素直な気持ちを認めたら、今更になってラビとの距離感に恥ずかしくなった。
恥ずかしさに耐えられず、視線をラビから外し俯くとお揃いの靴が真っ先に目にとまる。
気持ちを落ち着かせようとして、とりあえず靴の話題を出してみる。
しかし、多弁になるも余計なことを口走るだけだった。
「こ、こんなお揃いの靴だと、誤解されちゃうねっ」
(誤解されちゃうねって…誰に?!私は一体何を言い出してしまったんだっ?!)