第16章 覚えておいて
「兄さんがね。すみれをとても褒めていたわ」
入団したばかりのすみれはお世辞でも頼り甲斐があるとはいえなかった、のに。
科学班の仕事にとりかかった途端、人が変わった。
怯えて縮こまっていた体がピンと張って背筋が伸び、私の知らない言語や数学を語る彼女の目はキラキラしていた。
追究が留まらない、仕事一筋の科学班の皆と同じ目をしたすみれを見て「あぁ、この人は科学班なんだ」と思った。
私生活を送ることに戸惑いは感じられたが、あっという間に科学班に馴染んでいった。
『コムイ室長、この資料について少しいいですか?』
『ありがとう。そうか、この論点で見たら…すみれちゃん、助かったよ』
気づけば兄さんの隣に立ち、仕事仲間として対等な関係を築いていた。
「私ね、すみれが羨ましい。兄さんの力になれて」
「…リナリー」
「兄さんの傍に居られるすみれが、凄く羨ましいの。
最初は守ってあげなくちゃ、なんて思ったのにね」
「そ、そんなことっ」
すみれったら
困ったような 情けないような
嬉しそうな顔してる
本当 分かりやすいなあ
「黒の教団に来て、すみれはどんどん変わったわ。だけど、時々ね?凄く思い詰めていそうな時がある」
すみれはほんの一瞬だけハッとした表情をした。
きっと、心当たりがあるのね?
「それはホームの皆、私達が時間をかけて解していくのかなって思ってた…だけどラビが来て。だいぶなくなったんだよ」
「気づいてた?」とすみれに聞くと「なんとなく」と苦笑いしていた。
「すみれの本当の笑顔が見れたような気がして、嬉しかった。
その役目が私じゃなくて、ちょっとだけ悔しいけど…何よりも嬉しいの」
すみれを苦しめているのは、きっと過去の事だと思う。
すみれはとっても優しいから
「すみれは、幸せになっていいんだよ」
「…リナリーっ」
「忘れないでね」
だから、早く解放されてね
その役目がラビならば、早くすみれを助けてあげて
「ほんと。ダメだなあ、私っ」
すみれは明るい声で言いながら、私に背を向ける。彼女の頬から流れ落ちた雫を、見なかったフリをした。