第4章 呼び名
「悪い!待ったさ?」
ピョコっと少年が窓から顔を出す。
「待ってないよ、文献を読んでたから。」
読んでいた文献から目を離す。
「すみれ嬢はすごいな。またこんな難しいものを…」
数式は専門外さー、と言いながら私の文献を覗きこむ。
ふわっと彼の赤髪が私の頬に掠り、くすぐったい。
…うーん、やっぱり少年は人との距離感が近い。
「…ッ、そうそう。この中国語の文学史なんだけど、言い回しが難しくて。」
新たな本を手に取るフリして、パッと少年と距離を取る。
「どこさ?あーこれは、この中英辞典のここに…って。この辞典、めっさ古くね?」
少年が手にしている辞典は表紙の布はボロボロで、紙も黄ばみ、シミも沢山作っている。
「ここにあるのが、これだったから…」
「これは流石に古すぎ!
新しいモノにした方がいいさー。新しい言葉や言い回しも追加されてるはずさ。」
そう言って辞典を私に渡す。
「そっかあ…じゃあ新しい中英辞典を買おうかな。数学書も欲しいものあるし。」
ふぅっと息を吐き、紅茶を口に運ぶ。
少年に紅茶を勧めると「ありがと!」と短く礼を言い、湯気が立ち上るカップにやっと手を伸ばし始めた。