第9章 終の始まりの鐘が鳴る
ブックマン後継者であることを、悔いたことも、嘆くつもりもない。
ただ、すみれと絶対に交わる事が無い世界にいることを、自覚させられただけさ。
そんなことを物陰に隠れて、ぼんやり考えていると
「やあ!1人かな?」
「僕達と踊らない?」
男性二人が、バルコニーで休憩しているすみれに声をかける。
「あ…ちょっと、気分が優れなくて」
「それはいけない!大丈夫?」
男達はすみれの側に寄り、一人はすみれの肩に、一人はすみれの腰に手を回す。
(な"…っ)
男達の行動に、ディックは目を見張る。思わず声が出そうになった。
「…っ!大丈夫、ですのでっ」
すみれはやんわりと、男達の手を払う。が、
「まあ、そんなこと言わずに」
「こっちおいでよ?」
すみれはじりじりと、男達に距離を詰められていく。男達はフレンドリーそうな笑みを口元に浮かべているが、仮面の奥の瞳にディックは気づく。
こいつら…!!
色欲に塗れた、獣の目だ。
(ーーッすみれ!)
すみれも不穏な気配を感じたのか、ドレスが翻ることも気にせず一目散に走り出す。「おい、待て!」と男達がすみれの後を追いかける。
(ッ馬鹿!そっちは暗がりさ…!)
すみれは仮面舞踏会の華やかな明かりとは逆の、暗い庭園に向かって走る。
ディックはすみれを助けるため、慌ててすみれの後を追ーーーーーー
後を、追う?
俺は今、ブックマンとして仕事をしている。
ブックマンは傍観者だ。
傍観者が様子見の相手とはいえ、仕事中に記録対象者に手を差し伸べる?
そんな事は、有り得ない。
「…んなこと、わかってらッ」
もしかしたら、すみれを助けに誰かが来るかもしれない。それが歴史を動かすキッカケになる可能性だって…
無いとは、言えない。
「…ッ」
ディックがその場から動けずにいる内に、男達は簡単にすみれに追いつき、嫌がるすみれの腕を掴む。
(……やめろ)
「はっ、離してっ」
「はは、自分から暗がりに行くなんて。
誘ってるの?」
そんな訳ねぇだろ
(…やめろ)
ドサッ
すみれは男達に押さえつけられ、手入れされた芝生の上に倒された。