第9章 終の始まりの鐘が鳴る
ディックは仕事のために、すみれが出席している仮面舞踏会へ訪れた。
仮面舞踏会はその名の通り、参加者全員が仮面を被り、身分を隠して楽しむ舞踏会である。
その為、普通の舞踏会より薄暗く、不思議な活気がある。
不思議な活気っつーか…ちょっと、
(危ない匂いがする、さ。)
身分を隠す為、“無礼講”だなんて言い楽しむ輩が多いが、身分を隠しているからこそ起きてしまう出来事がある。
不倫、殺人、事故、事件
このような悲劇が、実際に起こってしまっている。仮面舞踏会は“風紀の乱れを招く悪しきもの”と言われ、禁止令が出ている国・地域もあるぐらいだ。
(仮面舞踏会とはいえ。相手の事を知ってたら、誰が誰だか一目瞭然さ。)
こんな風に。
ディックはすぐにすみれを見つける。すみれは、額から鼻にかけて顔の上半分を覆う仮面を被っているが、すみれの持つ黒目黒髪や背格好、仕草、振舞等で、ひと目でわかった。
すみれの美しい黒髪が映える真赤なドレスは、胸元と背中が大きく開き、スレンダーな体型が惜しみ無く晒されている。
ドレスに合わせた仮面は、ゴールドに塗られ、宝石が散りばめられ、大きな赤い造花のバラが一輪、存在感を放つように左上につけられていた。
(いつも、清楚なドレスが多いくせに…)
今日のすみれは妖美だ。
もとから備え持つエキゾチックな雰囲気も相まって、男女問わず見る人を魅入らせる。
(きっと、叔母に用意されたドレスを着てるんだろーけど)
やっぱり、気にくわない。
(!、ほら言ってる側から…!!)
すみれは参加者の男性から、さっそく誘いを受けている。二人は少し談笑したかと思えば、次の瞬間には手を取り合い、ホールの中心でダンスを始めた。
この光景を見るのは、今日で何度目だろうか。
すみれはしっかり貴族令嬢をしている。
華やかな仮面を付けていても、更にその下に笑顔の仮面をつけて。華やかで綺羅びやかなドレスより、本当は動きやすいカジュアルな服が好きなのに。
こんな所でダンスをするより、しみったれた書庫室で読書や勉強がしたいのに。
そんなすみれが、健気で、不憫で。
でも、この場がよく似合う貴族の人間なんだと思い知らされる。
ああ、俺とは住む世界が違うさねって。