第9章 終の始まりの鐘が鳴る
戦争が始まったら、すみれに危害が及ぶ可能性が高い。
戦争の元凶になるであろう、あの叔父と叔母の元にいるのだから。
危害が及ばなかったとしても、少なくとも今までのように裕福で、平和な日々を送ることは困難になるだろう。
ジジイは最近、忙しいようだ。
すみれの叔父や叔母も本格的に動き出し、尻尾を掴めそうなのだとか。
貿易も新しいものに手を出しているようで、それは怪しい薬品だとか。
“危ない事業”に関わった人間は、不審死が多いそうだとか。
正直、すみれの叔父と叔母がどうなろうと、知ったっこっちゃない。自業自得さ。
けど、すみれは?
悪事も罪もない、彼女は…
(俺は、ブックマン後継者だ)
ブックマンは多くの人と言葉を交わし、何事もなかったかのように去ってゆく。
今までだって、そうだったじゃないか。
危険が及ぶであろう事がわかっているからって、そこに滞在していた町の人々を助けた?
いや、していない。
何事も無かったかのように、去って行った。
(だから、今回も…)
何事も無かったかのように、去らなくては。
頭では理解しているものの、すみれの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
ーーー“ディック、ここの言語なんだけど…”
ーー“また、あそこのカフェ行きたいなあ”
ー“ねっ、ディック!”
「…っ、ちくしょ」
ディックはベッドから飛び起き、ベッド脇の簡易テーブルに置いてあるカバンを、奪い取るかの様に掴む。
そして扉をバンッッと乱暴に開け放ち、仮部屋を飛び出した。
(きっと…)
きっと。
今、すみれの側に居ることは、ブックマンの仕事として、必要な事だと自分自身に言い聞かせた。
(俺は、自分の仕事をするまでさ。)
ジジイに言われただろ。
すみれの様子見をしろって。
(だから、俺は)
すみれの元へ向かって、一目散に駆け出した。