第8章 前兆
「…すみれはさ、誕生日っていつもこうなん?」
歌うたって、手作りケーキ作って。
「うーん、昔はね。両親が生きてた時は、誰かの誕生日はいつもこうだったよ。
ちゃんとバースデーソングを歌わないと、ケーキ食べちゃいけないんだよ!笑」
面白いでしょう?懐かしいなあ、とすみれはふふっと笑っている。
しかし、懐かしさの中に寂しさが見え隠れしたのを、俺は見逃さなかった。
「なあ」
「なあに?」
「もっかい、歌って?
バースデーソング」
「ええ?!もう一回??」
「さっき、吃驚してそれどころじゃなかったんさ〜笑」
「ええ…」
「だって俺、今日は誕生日さね!」
「…」
「なっ?」
「もうっ、仕方ないなあ」
すみれは渋りつつも、恥ずかしそうにコホンッと咳払いをする。
すみれは再び歌詞を口ずさんでくれる。
「は…バースデー、トゥーユー」
きっと俺たちは、これから離れ離れになって
「ハッピバースデー、トゥーユー!」
冷たくて 悲しい日々を歩むことだろう
「ハッピバースデー、ディア…」
こんな些細でつまらない暮らしが、美しい思い出になる
「ディックー!」
生涯忘れられない日々を、抱き締め生きていくしかない
「ハッピバースデー、トゥーユー!
…お誕生日、おめでとう!」
だから、今日を。今を忘れないよう
愛しい人の姿を、焼き付けておきたい
「…さんきゅーさっ!」
それでもやっぱり、嬉しいものは嬉しい。
嬉しさがこみ上げ、思わずへらっとした笑みを浮かべてしまった。
「プレゼントも、あるんだよ」
「まじか!嬉しいさ〜!」
はいっ!良かったら開けてね?と、すみれは俺に渡す。俺は遠慮なく、綺麗にラッピングされたリボンをスルスルと解いていく。
「お!ハンカチ!」
要望通りさー!と言いながら、ハンカチをよく見てみると
“ Happy Birthday DICK
19☓☓.8.10 ”
刺繍がされていた。