第8章 距離感と興味【原作編(職場体験)】
※一条視点
どうして、
おばあちゃんとの会話後、病室から出て、その人の顔を見た瞬間真っ先に思った事だった。一番情けない自分の姿を、よりにもよって一番見せたくない相手に見られてしまったからだ。
(‥‥耐えなきゃ、)
普通に会話をしている中、心の中はずっと叫び続いていて、それを必死に隠す事に徹していた。正直自分でも何を話しているのかわからない。思考はぼんやり気味で、流れに任せて会話していた。
でも、その状態も限界に近い。
『そんな事ないよ、‥‥あの、今日は、ちょっと疲れちゃってるから先に帰るね。』
だから、早くこの会話を終えて、一人の時間が欲しかった。誰にも邪魔されない所へ逃げたかった。それなのに、
「‥‥待て」
「帰る前に聞かせてくれ。お前、本当に大丈夫か。」
「何か我慢してんじゃねぇのか、」
私の肩に触れて、それを阻止した轟くんがいた。
「‥‥どうなんだ。」
轟くんの表情は真剣だ。これもただの優しさなのだろう。でも今は、その優しさが自分の理性を崩すには容易かった。
『…‥、轟、くん、』
今ここで甘えたら、絶対気持ちの整理が出来なくなる。そう頭の中ではわかっていても、もう遅かった。
「‥‥‥一条、」
少し驚いたような彼に対して、私は涙を流していた。
『‥‥不安だった、の、家族の事で、』
「‥‥‥‥」
『おばあちゃんが、いなくなったらどうしよう‥‥とか、再婚したら、もうお父さんは私なんて、要らないと思うんじゃない、とか、』
自分が思っている本音が出てしまった。ああ、何をやってるんだろう。こんな事言ったって、彼を困らせるだけなのに
涙で霞んで前が見えない。情けない私の姿に彼は呆れているだろうか、
『‥‥ごめん、なさい、』
私が泣いてもしょうがないのに‥‥
震える声を必死に抑えて涙を拭おうとしていたが、その前に手を掴まれてしまった。
『……え、』
何の前触れもなく訪れた温もりで言葉を失いかけた。
「‥‥わりぃ、泣かせるつもりはなかった。」
『…‥っ、』
「‥‥心配だっただけだ。」
彼はゆっくり近づいて、私の目元から流れる涙に触れる。慣れない手つきで拭ってくれた。
「……無理強いさせて悪かった。」
そしていつの間にか彼の手に導かれるまま、彼の腕の中に閉じ込められていた。