第8章 距離感と興味【原作編(職場体験)】
「私の知っている範囲はこれぐらいだよ。まあ詳しい事は沙耶に聞きな。本人が言いたいかはわからないけど、」
まだわからない部分も残っていたが、昨日なぜアイツがああいう顔をしていたのかは何となくわかってきた。
‥‥それにしても、
こうして一条の家族について教えてくれるとは思っていなかった。俺を信用して話してくれたのかと思ったが、それだけの理由で話してくれるものなのか?
単純に彼女の意図が気になっていた。
『なんで、俺に教えてくれたんですか、』
「教えてほしいと言ったのはそっちなのに?」
『…それはそうですけど、』
「単純な、話だよ。」
一瞬間を置いて、俺の方をじっと見つめながら話した。
「あの子が少しでも不安を吐露できる場所があればと思ったからさ、」
『‥‥不安?』
「以前は不安な事も私に相談していたけど、今は私の体調の事を配慮してか、そうする事がなくなってしまってね。あの子の父親も仕事で忙しいし、一人でいることが多いから‥‥心配なんだよ。あの子は自分の負の感情を溜め込みやすい性格だからね。」
彼女との会話を辿れば、確かにアイツは自分の不平不満を言っているのを見たことがなかった。むしろ話題は俺の事を中心に回っていて、俺の立場を理解して涙を見せる事はあっても、アイツ自身の不安や葛藤みたいなのはあまり聞いた事はない。
「…沙耶もそれに気づいているから、なるべく自分で解消しようと努力しているみたいだけど、自分では解決できない事もある。そんな時にあの子の事、支えてほしいのさ。家族なら言いづらい事も、親しい人になら言えると思うから、」
最初に会った頃とは思えないぐらい、ものすごい話の量に驚くと同時に、彼女の切実な想いが伝わってきた。
『話してくれて、ありがとうございます。』
「こちらこそ、望む答えが出たのかわからないけど、沙耶の事よろしくね、」
『‥‥はい、』
「今日は…これぐらいにしましょう」
口元が緩んで微笑む彼女は、少し疲れた様子だった。これ以上長話は体に障るかもしれない。そう思い当たり、入院部屋を後にしようとした。
「‥‥っ、ゴホッ、」
様子がおかしいと思い振り返ると、
『?!』
「…ちょっと、お医者さんを呼んできて、ッもらえる、かしら、ゴホ、ッ」
そう言って胸を抑えつつ、下を俯きながら苦しんでいる彼女がいた。