第8章 距離感と興味【原作編(職場体験)】
案内の先は、彼女の入院部屋だった。他の患者はいなく、一人用の事もあり、とても空虚に感じた。
「こうして誰かを招くのは、沙耶とあの子の父さん以来だよ。」
『…アイツは、』
「今日はあの子は来ないよ。昨日久しぶりに父親にあってね。色々考えたい事があるんだとさ、」
『‥‥‥』
「沙耶が気になるかい?」
『…まあ、はい。あまり見ない顔をしてたんで‥‥アイツの家族を見たのは初めてでした。』
「そうかい、まあ‥‥本人も話したくない話題だしね。」
『‥‥教えてください。』
「いいのかい?あまり気のいい話じゃないけど、」
頷くと、彼女は少し沈黙を続けた後、君ならいいか。と、重々しく家族関係について話し始めた。
「‥‥あの子の家庭環境は複雑でね、あの子の父親は今海外事業で忙しくて、年に数回しか会えない状況なんだよ。』
『アイツの母親はどうしてるんですか、』
「離婚しているよ。…沙耶が小学校の頃にね、」
「離婚」という言葉が、思っていた以上に衝撃だった。自分自身も人には言えない家庭環境があり、その環境に苦しんできた立場だったが、てっきり彼女はそういうものとは無縁の存在だと、勝手に思い込んでいたからだ。
「その後、私の所に引き取られる事になったけど、最初は特に酷いもので、暗い目をしていたよ。笑顔を振るまって空回りしているのが見て取れて辛かった。」
『‥‥』
「でも、中学の頃から少しずつ笑うようになってたよ。その時よく貴方の話をしていてた。」
『‥‥俺、ですか、』
「だから、本当に感謝しているよ。」
少し微笑みながらそう返されて何とも言えない気持ちになる。中学の頃と言われても、あの頃はかなり荒れていた時期で、アイツと一緒にいる事は多くても、本当の意味でアイツを理解していたかというと違っていたからだ。
『…いえ、俺は俺の事しか考えてなかったです。』
「あはは、正直だねぇ。でもそれでもいい。」
あの子に笑うきっかけが出来たなら、そう彼女は付け足した。
「雄英でも元気かい?」
『正直たまによくわからない事もありますが、恐らくは』
「‥‥それならいいんだ。あの子には辛い思いをした分、自分のために幸せになってほしい。」
『‥‥自分の、ために、』
自分のために幸せになってほしい、その言葉がなぜか病院でのお母さんの言葉と重なって聞こえた。