第8章 距離感と興味【原作編(職場体験)】
気が付いたら彼女に声をかける事なく病室に戻った。すると飯田と緑谷が不思議そうにこちらを見つめていた。
「遅かったね、轟くん」
『‥‥ああ、ちょっとな、』
「下で何かあったのかい?」
『いや、大したことじゃねぇんだが、知り合いがいた。一条って言うんだが、』
「へえ!一条さんがいたんだ、」
緑谷の反応から見るに、アイツの事を知っているようだった。
『緑谷、アイツと知り合いだったのか?』
「あ、えっと、知り合いって言っても、前に体育祭、一条さんが迷子になっていたのを案内してたぐらいなんだけど‥‥轟くんの幼馴染なんだよね?」
『ああ…』
「そうなのか、轟くん!流石、いい親友を持っているな」
『‥‥親友、か、』
そこそこ付き合いはあるものの、彼女を親友だと認識した事がなかった。しかし、昔から自然と一緒になる事が多かったのは事実だった。
『飯田、お前も知ってるのか?』
「ああ、彼女は普通科の学級委員長でな。俺もよく委員会で一条くんを目にする事が多いんだ」
『‥‥そうなのか、』
俺以外にアイツが1年A組のクラスメイトに知れ渡っている事も驚きだが、普通科の学級委員長をしている事なんて初めて聞いた。
「そういえば、よく病院に行くことが多いのは聞いているな。何やら親族の方が入院しているとの事だが、」
「そうなんだ、それは心配だね。轟くんは何か知ってるの?」
『‥‥いや、詳しくは知らねぇ』
そう、俺はアイツの事を知っているようで知らない。
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翌日、
治療は進んで行き、腕に残っていた傷口も徐々に塞いできた。先日の夜、飯田は実家に帰り、俺も明日中に職場体験を再開する事を決めた。
そのため今日は何もすることがなく、ぶらぶらとまた病院の中を歩き回っていると、偶然先日出会った一条の祖母の姿が見えた。思わず昨日の出来事を思い出す。やはり一条の件が気になっていた。
「あら、昨日の、」
『‥…どうも』
軽く挨拶をして、失礼を承知で話しかける事にした。
『一条の関係者ですか?』
「そうだよ、あぁ、やっぱ沙耶が言ってた轟くんだったのね、沙耶がよくあなたの事を話していたよ。」
『‥‥そうですか』
「せっかくだ。ちょっと老いぼれの世間話に付き合ってくれるかい?」
そう微笑むと、手招きをして俺を案内しようとしていた。