第6章 砥石が切れたみたいだから【エンカク】
イライライライライラ。
その男に形容するとしたらまず憤怒、と思い浮かぶだろう。その姿は一触即発といったところか。
その雰囲気を本能で感じた他のオペレーターたちは道を左右に開けていく。その顔がどのオペレーターより知られていたからでもあるが。
「(あの野郎…いつか泣かせる…)」
思い浮かぶのは黒髪の女。数分前に自分に恐れもいたかず、揶揄ってきた女。そのヘラヘラとした顔を思い出すだけで彼の腸は煮えくり返った。
腰の下、臀部辺りから生えた黒い枝のような尻尾がブンブン、と怒りで上下左右に振られる。
不機嫌さが今月一番…いや今年一番かもしれない、というその時に、後ろからドン、と何かがぶつかった衝撃に軽く振り向いた。
「ご、ごめんなさい」
ただの青年だった。種族は見る限りループス。クリーム色の尻尾がエンカクの殺気を捉えて毛を逆立っている。
分を弁えているその委縮した姿に、エンカクは特に咎めるわけでもなく、気を静めて言った。
「…気を付けろ」
「す、すいませんでした」
深く頭を下げた彼は再び走り出した。その最中、隣にいた友人と思われる同じ種族の男に、
「さくらがエリートオペレーターと喧嘩って大丈夫なの…?!」
「わかんないから見に行くんだろこれから!」
「あぁもう無事ならいいけど…!!」
という会話をしながら走って行った。
エンカクは目を細めながらその背中を見つめた。
「(確か…アイツ、さくらっていう名前だったな…)」
口角を上げたエンカクは軽い足取りでその2匹のループスの後を追った。