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【アクナイ】滑稽でも君が好き【短編】

第6章 砥石が切れたみたいだから【エンカク】



「いだ!?」


ドン、と体を前に押されてドクターに飛びつく形でその腕の中に収まった。
ふわふわの甘い匂いに鼻を擽られつつも軽く振り返ると、エンカク、と呼ばれた男は私のことをゴミか何かを見るような目で見ていた。


「…今まで言い寄って来た女は山のようにいたが、お前のような曇りない眼で言った奴は初めてだ…気持ちが悪い…」

「滅茶苦茶言われた…褒めただけなのに…!!」

「あー…エンカク?」


ドクターが声をかけると、エンカクは眉を顰め、自身の口に手を当てて依然として私を見降ろしている。


「気分が悪くなった。不快、不愉快だ。こんなことは初めてだ。お前はもう俺の視界に入ってくるな。いいな」


そう散々罵詈雑言を吐き散らし、エンカクは背を向けて行ってしまった。
数回の瞬きの後、ドクターを見上げると、ここからフードの中が見えて青い瞳が激しく揺れていた。


「あのエンカクが…身を引いた?……は、はは…凄いな、サクラ!」

「めっちゃ心傷付いたけどね…」

「いやいや、アイツの言葉を真に受けていたらキリがない。それより、あれだけ何かを嫌悪対象にするのは珍しいことだ」

「そうなの?」


頷いたドクターは、既に見えなくなったあの黒とオレンジ色の姿を思い出すように前を向き、しみじみと言ってみせる。


「どんな時であっても、敵味方関係なく、突然誰かに背を向けることはない刀術師だからな…」

「ふーん…でも何か本当の剣士!っていう風格が出ててかっこいいんだよね!」

「…ふむ。だがもうアイツに近付くな」

「どうして?」

「最近ロドスに来たのだが、過去に私との因縁があって何をしでかすかわからん男だ。そして、今やサクラは嫌悪対象…刀の錆には成りたくないだろう?」

「おー…」


ドクターの視線を追い、同じように廊下の奥を見た。
だが、あの目は確かに言葉通り威圧を放っていて、近付くなと言わんばかりだった。


「だけど…悪い人ではないように見えるよ」

「…おい、い、いやまさか近付くなよ!?サクラ!?駄目だぞ!いいか!?お前に何かあったら私は…」

「大丈夫ですよ!私に任せてください!」

「なんッにも任せられない!!駄目だからな!?」


そう言ってドクターはギュ、と私を抱きしめたが、その言葉に反するように、その日のうちに彼の所を訪ねた。

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