第3章 あの子のことが好きな君を殺す【アドナキエル】
「サクラ、好きですよ。大好き。俺だけのもの」
そう呟いて、アドナキエルは恋人のそれのように、優しく額にキスを落とした。しかし視界の端でチラつく鈍色に光る刃物が嫌でも、そうではないと言っているようだった。
突然、いつものように押しかけて来て、いつものように抱き付いて来て、いつものようにベッドに倒れ込んだ。
いつもと違うのは、その目が狂気を孕んでいることだった。
「あ、アドナキエル…な、何…を…」
「あ、声震えてますね。そういうところも好きですよ」
「せ、説明…して…!」
「うん?あぁ、サクラがスチュワードのものになっちゃったんで、奪い返そうと思ってきました!」
「は、ぁ…?」
ニコリ、と笑う笑顔は変わりない。だが、続けて口から平然と出る言葉は正常な人間の物ではない。
眉をハの字に垂れ下げ、白い頬を赤く染めながら、刃物の刃先を弄るその姿も、おかしい。
「だって、俺…サクラのこと、ずっとずっと大好きだったんですよ?なのにサクラは俺の事を選んでくれませんでしたから…じゃあ好きにさせようかなって思って!」
「ど、退いて…冗談なら…今なら、許す…から…」
「冗談?いえ、冗談ではないですよ!これからスチュワードのことが好きな君を殺しますね!」
「!ころ、す…?!い、嫌だ…こ、殺さないで…!!」
「大人しくしていれば刺しませんよ?ただ、スチュワードに向けるその気持ちを殺すだけですから。…俺に身を委ねてくれさえしていれば、気持ちイイことだけだから…あはっ…暴れないで下さいね?」
チュ、と今度は首筋にリップ音が鳴り響く。ひやりと凍った背筋を皮切りに、扉に向かって叫ぶ。