第39章 フラット *
主任は歯ブラシなど買いに行き、体力を消耗し切った俺はベッドでごろり。
「お嫁さんと別れてこの後、どうするんだろう…」
恋人同士になったものの男同士という立ち塞がる大きな壁。
知らせたい人はいない。
認めさせたい人もいないのに判然としない気持ち。
主任がコンビニから帰ってきて明日の日曜日、どこか行かないかと誘われた。
「行きたい場所がないかぁ…」
「すみません…」
「なら温泉でも行くか?日帰りになるけどどちらかというとゆっくりしたいだろ?」
「温泉いいですねっ!行きたいです!」
「栃木か群馬あたりでいいか?那須はこの前行ったからな…。虫とかあんまり出くわしたくない?」
「で、できるなら…」
「ははっ。了解」
「主任は虫平気なんですか?」
「都会の森育ちだからな」
「あ、そうでしたね」
トトロのモデル舞台となった狭山丘陵の近くに住んでいたという主任。
幼い頃に関する情報は驚くほどネットに上がっており、どうやら主任本人が上げていたらしいのだ。
「なにニタニタしてんだよ」
「小さい頃の主任を思い出してしまって」
「見たのか?俺の成長記録」
「ええ…はい。全部じゃないですけど。勉強もスポーツもできて、音楽もお上手ですし、初めからなんでも出来ていたイメージだったんですけど、振り返り動画はただただ吸収スピードが尋常じゃないなって」
「自分でもそう思う。第一、周りの環境に恵まれて、色んな人がいて、興味と挑戦で生きてきた。親父もお袋もカメラが趣味で邪魔なくらい撮ってくれてさ」
「邪魔って…。溺愛されてたんですね」
すんなり決まった温泉地。
自画自賛するほど主任はすごい人だ。
外見だけじゃなく、驚異的なスペックの持ち主でもあり、芸能活動に留まることなく、現実社会でもその実力は発揮され続けている。
「ネットに出してないお気に入りの写真」
「ふっ。か、かわいいですね」
「笑ったろ」
可愛い写真はたくさんあるのに、見せてきたのは兄弟揃っておどけた写真。
腹がよじれそうにクスクスと笑いすぎると、いじけたようにどつかれた。