第37章 惑溺
──…行為は途中で終わった。
今は背中合わせで眠っている。
(目の前で萎えられるのは堪えたけど、この先、主任は男性恐怖症にならないだろうか…)
自分の打たれ強さを知ったが、主任の精神面が気掛かりになった。
男に襲われたという恐怖。
レイプ被害によって心や体に変化が生じていても可笑しくない状態であり、今後の仕事に影響するのではと不安が生まれる。
男の俺じゃ体は癒せなかった。
あそこで泣くべきじゃないのに、それが悔しくて涙が滲んでしまった。
(…朝起きたら謝ろう。自己満足かもしれないけど困らせてしまったから……)
心の中を整理しながら瞳を閉じた。
閉ざした意識の中でバイブ音を拾い、目を開ける。
「ごめ──」
「申し訳ないことをした」
翌日のことだった。
俺が上体を起こす同じ頃、起きた主任はベッドから降りて土下座をした。
「ホテル代は俺が全額払う。俺の身勝手でおまえを傷付けてしまって本当に申し訳ない」
俺も望んだことなのに、主任はすべての責任を自分一人で背負む姿勢に臆してしまう。
「これ、持っててくれ…」
「え、いや、こんなには」
「頼む」
主任は一睡もできてないような顔付きだった。
いつも完璧な主任がやつれている。
長瀬の問題どころか俺の責任まで取ろうという始末。
だから言い返せなかった。
今は早めに去った方が得策だろう。
周りに心配をかけたくないからこの人はきっと今日も出社する。
「分かりました。…気を付けて、帰ってください」
こんなに多くは受け取れなかったが、押し付けられた万札を今は素直に受け取ることにする。
主任は割と頑固な所があるから収集が付かないと思った。
家に帰れば奥さんが心配するだろうけど何とかしてくれるはず。
それにユウさんだって…。
俺はそれ以上言葉を掛けられなくて、失礼しますとその部屋から出て行った。