第37章 惑溺
目立った音はせず、青色に淡く光る廊下を壁づたいにに手をついて慎重に進む。すると、
「牛垣しゅに…えっ!?どうしたんですかその痣!…ぅわっ」
腰にタオルだけ巻いて無防備な状態で足を投げるように倒れ込んでいた主任。
体中は痣らだけ。
慌てて駆け寄ると腕を引っ張られ、ベッドの上に押し倒されてしまった。
「っえ、ぁ……」
主任はかなり熱っぽい視線を向け、俺のことを見下ろしている。
呼吸も熱を帯びて、普通じゃない。
漂う色気に声が出せなかった。
「いまの俺は長瀬に媚薬を盛られて正気じゃない。刑事さんだって抱こうとしたんだ」
「…?!」
長瀬、媚薬、刑事。
パワーワードが出てきて、星座をなぞるように判然としなかった全ての物語が点と点を結び合う。
(……長瀬。…お前が……)
全ての元凶は長瀬由真だった。
なぜ理由が直結したのかは牛垣明彦のファンのような発言を何度も口にしていたからだ。
付き合う前もその後も。
長瀬の想いはファンの領域を超え、媚薬を盛り、さらには屈辱的な暴行を加えた。
長瀬は手始めに男である俺と試したかっただけなのかもしれない。
だからワザと給湯室でキスをして、工作をつくった。
副部長の権限が近くにあったとしても、なぜ、ややこしく画策する必要があったのか。
俺を囮にする意味があったのか。
真相は本人に聞いてみないと分からないが強い確信が持てた。
「おまえ、抱かれる方なんだろ?…湊……」
力ない言葉から伝わる。
牛垣主任は無理やりされた。
抵抗できない体にされあの映画のシーンのように一方的に犯された。
プライドのある人だ。
この人は一番適任者である俺と熱処理をしようと口付けをはじめる。
「んんっ…」
「柔らかいな、おまえの唇…」
反応したくないのに声が出てしまう。
俺は先生にも長瀬にも主任にも利用される道を辿ってる。
「…ん……」
そうだと分かっていても主任のキスは誰よりも優しくて熱くて、惑わすような甘ったるい情熱的なキスだった。