第37章 惑溺
それは真夜中だった。
「……はい。牛垣、主任…?どうか…しましたか…?」
午前零時を過ぎた頃、震えた携帯を着信には牛垣主任の文字が浮かんでいた。
突然かかってきた電話。
向こうは無音。
しかもこんな夜中にだなんて悪戯ではないと、何かあったんじゃないかと心配になる。
「主任?」
『…頼むから何も聞くな。■■駅近くにあるケレール・ホテルそこの61号室で待ってる…』
「っえ」
早口でいわれて一方的に電話を切られた。
駅近のホテル。
ホテルには詳しくないので検索すると、ラブホテルとして名称を連ねており一瞬息が止まる。
「え?どういう…こと…?」
主任の声は分かりづらかったが、苦しそうで何だが絞りだしたような声質だった。
居ても立っても居られないと家を出て、すぐさまタクシーを拾う。
「すみません。61号室の方と待ち合わせているのですが」
「少々お待ちください」
形式は普通のホテルと同じはず。
カウンターにいたスタッフは事務的に手続きを済ませ、ロックを解除したとエレベーターの入り口に手を向ける。
「ありがとうございました」
ここが初ラブホテルだからだとか緊張はなかった。
牛垣主任が只々心配だった。
エレベーターで6階まで昇降し、パネルが点滅している部屋の扉をノックしてから回す。
「っえ、なに…。あ、主任の靴。ここで脱ぐのかな……」
扉を開けてギョッとした。
そこには広がる部屋がなくもう一枚の扉があり、履き捨てたように主任の黒光りした靴がある。
靴を脱いでスリッパを履き、もう一つの扉を開くとようやく拾い部屋へと繋がるような廊下が見えた。