第34章 訪問者
素直に褒めたつもりなのに
牛垣主任はなぜか乾いた笑みを浮かべた。
どうやら5つ離れた
お兄さんがいるらしい。
「お兄さんは…なにをやってる人なんですか?」
「兄貴は警察官、んで親父が銀行員。
そう考えたら笑えるだろ?
俺はただの会社員だ」
「でも20代で主任は誇っていいです。
会社の規模もここ数年で拡大していますし
大企業とほぼ大差ないですから」
「どうだかな。
俺をポストにして株を上げたかったんだろ。
まあ、こっちの世界を選んだのは俺自身だし
我儘も言ってられないけど。
かなり可愛がられてると自分でも思ってる」
主任がこんなことを言うなんて驚きだ。
みずから自分を
蔑むようなことを言うなんて。
もっとプライドの塊のひとかと思ったけど
人間味があるひとだ。
悩みがない人なんていないのかもしれない。
「あぁ…この写真は
今年の初詣で
はじめて甘酒を飲ませた時の写真」
「かなり渋ってますね…」
「どうやら俺とは違って
口に合わなかったらしい。
あまりの不味さにこの表情だ。
はじめて一緒に酒が飲めると思ったのに
こんな苦い表情をされると
将来が危ういと思ってしまう」
「甘酒って
小さい子でも飲めるんでしたっけ…?」
「アルコールは1%もないから平気だ。
酒粕によるけどな。
角は初詣になったら甘酒飲むのか?」
「いえ。お酒は全般的に嗜みません」
初詣のイベントも皆無。
神社にお参りなんていった記憶もない。
除夜の鐘がなる前に寝ていたり、
正月番組だって
あまり面白くなくて見た記憶もない。
両親は仕事ばかりでイベント行事なんてなかった。
いつもひとり。
けれど牛垣主任は毎年こうして
神社に参拝に行ったり、
家族でイベントを過ごしたり、
幸せそうにする姿がなんとも切なく思った。