第34章 訪問者
愛する嫁も
愛する息子もいるのに、
大切な時間を犠牲にしてまで
独り身の俺なんかに尽してくれる。
この人をはやく家に帰さないと。
「あの主任。
こんなに遅くまで…奥さんに、
心配されないんですか?」
「遅くなると伝えたから問題ない。
ほかに何かあるのか?」
「い、いえ…、別に…。
主任に…小さい息子さんもいるって
聞いていたので」
遅く帰ったくらいで
家族が心配するほどでもないと
あっさりした返事をされ、返す言葉を失う。
それだけ家族との
信頼関係を築いているのだろうか。
俺がもう少し反応を伺おうとすると
牛垣主任はおもむろに首を傾げ、
「息子がいるとお前に話したか?」と尋ねてきた。
疑問に持つことだろうか。
俺がそれとなく
会社で息子の絵を自慢していたことを話すと、
驚いたような反応をされた。
俺はよっぽど薄情な奴だと見えたのか?
「あぁ…そういえばそんなこと話してたな。
おまえは行ったのか?
その時の飲み会に」
「いえ…。賑やかな場所は苦手なもので」
「そうか。
…息子の写真、見せてやろうか?」
そう言いつつ、
その手は携帯を動かしている。
俺が見たくないといっても
この人は自慢したいのだ。
愛情たっぷりそそいだ可愛い息子を自慢したくて。
牛垣主任は見た目のわりに、
可愛いところがあるかもしれない。
隙がない完璧な人だと
思っていても
子どものことになると表情が途端に緩くなる。
ふと写真のアルバムが目に入ってしまう。
覗き見が悪いとは思いつつ
その中には
息子さんの写真がたくさんあって、
これは誰がなんて言おうと
子煩悩な父親だと思ってしまった。