第34章 訪問者
打ちどころは悪くない。
ただ倒れた床は丁度いい冷たさだった。
部屋を片付けなければ
着替えなければと思うのだが
楽なほうを選びたがる。
動かずにいたら玄関扉の音がして
俺の姓を呼んで、
そっと背中に添えられる。
「角。大丈夫か?」
優しく声を掛けられ
胸がじんわり温かくなった。
一人ぼっちは慣れている。
誰の力も必要ない。
我慢すればいい。
自分一人でなんとかなるって
思ってたけど、
やっぱり誰かが来てくれたら嬉しかった。
「俺だ。牛垣だ。分かるか?」
「……主任…」
「ここにいたら悪化させるだけだ。
自分で歩けるか?」
はい、と頷いたつもりだったけど
半分以上の力を貸してくれて、
肩に腕を回すようにかけられた。
……近い。
汗臭くて嫌われるんじゃないかって
不安で不安で仕方なかった。
牛垣主任のフェロモンとでもいうのか
嗅覚を近付けさせたくなる
ほのかな香り。
太陽のような温かな香りではなくて
嗅いだこともないけれど、
月の匂いのような…
とでも言おうか。
静寂の中にまばゆい輝きがあるのだ。
「あり、がとうございます……」
肩を貸してもらって、
半分も自分の力で歩けないまま
ベッド近くに降ろされる。
ガタイのよい長瀬より細かったが
引き締まった硬い身体だった。