第34章 訪問者
たらっと鼻水が垂れてきたので
鼻を啜る。
「ちょっとした鼻水です。
薬飲んできたので大丈夫です」
マスクしてきた良かった。
みんながいる職場なのに
あの映画の内容に引きずられて
ふしだらな考えが巡ってしまう。
(一体この人、どんな経験をしてきたんだ……)
牛垣はその恵まれたルックスだけでなく
表現や演技力、
リアリティも随一だと思った。
その作品が泣ける話だったにしろ
ありえない世界観やそれに共感できなければ、
涙も誘われない。
感情も動かされない。
そんな才能を持っているのに、
ただの会社員だなんて。
もったいなさすぎる。
「俺の顔をジッとみて……。
頭がぼーっとするなら今すぐ帰らせるぞ?」
「ああいえ……
ちょっと考え事してただけですから。
仕事に戻ります」
あの上司ぶった言葉も演技だったりして。
寝癖をなおされた時も
本気でほだされそうになったし。
ごたくはその辺にしておいて
仕事に集中したのだった。