第31章 加速
……だよな。
ここはドラマの中じゃない。
そんなことあっていいはずないだろ。
おかしな期待をした俺が馬鹿だった。
牛垣主任が取り出したのは
黒っぽいケース。
整髪料がどうのとかいって
特にこだわりのない俺はされるがままに
それを直してもらう。
どうやら
主任が気になっていたコトは
後ろにくるんと跳ねた
寝癖だったらしい。
色んな意味で恥ずかしかった。
「あ…あの…っ」
「俺の親友が美容師なんだ。
そいつの髪も綺麗なんだが、
……おまえの髪は、
触り心地がいいな」
いい声で囁くな。
後ろの距離で囁くのは反則だろ。
誰か来たらもっと恥ずかしくなるから
やめてもらおうと思ったのに、
顔の熱を鎮めるだけで
体力を消耗しすぎた。
疲れすぎて逆に頭が冷めてきた。
無性に腹が立ってきた。
この人はモテている自覚はないのか。
異性だけでなく
部下である安村や鹿又、
そのほかの同性に好かれているのは明白。
それは性的な意味だけではないけど
それくらい
魅力的なオーラを纏っている。
この人は面白がっている。
本人に自覚がないのなら
天然の人たらしだ。
「俺のこと、知ってて言ってるんですか?」
俺のこと、
からかって楽しいかよ。