第31章 加速
怒りが込み上げた
鋭い視線を向けたつもりなのに
きょとんと不思議そうな顔をしている。
つくづく性格の悪い人だ。
前者だったら絶対許せない。
「主任は俺のこと知ってて
おちょくって来たんじゃないんですか!?
俺を、この会社から追い出したいから…っ」
粗ぶった口は止まらなかった。
不満をこの人にぶつけて
どうにもならないと分かっていても
止まらなかった。
大好きな長瀬といられなくなって
家でも押さえ込んでいた
濁流に乗っかって溢れ出す。
この人は人を弄ぶ悪魔なのだ。
怒りをぶつけたって
なんにも思いやしない。
俺の気持ちなんて。
「っ……離してください!!」
一人になりたい。
二度と過ちを犯したくない。
三度目の正直は海外で使い果たしたい。
この人たらしは危険だ。
この人と長くいたらきっと俺はダメになる。
いやもっとダメになる。
長瀬の父の対応に甘えず
辞職するべきだった。
出逢ってはいけない人と出会ってしまった。
逃げようとしたら
肩を痛いくらいグッと掴まれた。
思わず顔が歪む。
「おまえの取り乱している理由は分かった。
俺は何も上から聞かされちゃいない。
おまえの口から聞かない限り、
俺は何も知っちゃいない」
妙に説得力のある言葉と迫力。
逃げないって決めたのに
逃げようって決めたのに
まだこの場所に居ていいんだって
そう強く想わせる。
上司でも人間的にでも
牛垣武明という男に惹かれた瞬間から
すでに筋書きは
決まっていたのかもしれなかった。