第29章 もう恋なんて
異動命令はすぐに決まるものではなかった。
来週中には整うと通知がきた。
辞職届は鞄のなかにあるけど
出そうかどうか
いまでも迷ってる。
2月いっぱいまでは
長瀬と同じ海外事業部。
しかし3月からは
別のところへ飛ばされる。
俺はまだ独身。
年齢も比較的若いし、
地方に飛ばされる可能性は
十分に備わっている。
都内付近は多少あるけれど
遠出したのは修学旅行くらいしかないから
不安しかない。
(あ。長瀬…)
エレベーターをあがって
自分のデスクまでやって来ると、
先に出社していた長瀬の姿が見えた。
長瀬の姿を目の前にしただけで
胸が絞め付けられる。
平然としているのが精いっぱいで、
長瀬の視線がこちらを向いた。
「おはよっ!湊…ってかどうした!?
すげー目の下隈できてるぞ」
「あ…これは…」
いつもと変わらぬ声のトーン。
連絡がなかったから
なにか冷たく豹変するんじゃないかって
少しでも疑った俺が
馬鹿だと思ってしまった。
長瀬はちゃんと
いまでも、
俺のことを見てくれている。
「あ…のな、長瀬…」
「……ああ、分かってる。
色めいた行動しなけりゃ大丈夫だから。
今日の夜、時間良いか?
…俺もちゃんと
顔みて話したかったからさ」
「あぁ…」
誰にも聞こえないようにこっそりと。
俺たちの関係を知っている人物が
少なからずここに居るわけで
慎重に行動しなければならない。
きっと長瀬は
先を見据えて物事を考えているのだろう。
今のことしか考えていない
俺は正直情けなくて、
長瀬のことが前よりもっと
好きだと思ってしまった。