第1章 必然
二人は城へつくと、娘を女中に預け 子供を探す親を見つけるように命じる。
「見つからなければ、養女として迎えよう」
信秀がそう言うと、政秀はとんでもないっと反対する。しかし、あのように幼い娘を 寺に一人預けてしまう気にはならなかった。
なにより…
(年は離れているが、吉法師に懐いてくれれば…。)
吉法師、後の信長は 皆が知るとおり 寂しい立場にあり、うつけと有名であった。一家の当主である自分が一人に肩入れすれば さらに吉法師に対する風当たりは強くなる。せめて、実の母である土田御前が 味方であったなら良かったが…土田御前は 弟の信行を溺愛し、彼を時期当主にしようとしている。 そんな信長の少しでも心の拠り所になれば…という自分にできる最大の配慮であった。
例の幼子が目覚めたという知らせを受け、幼子の眠る部屋に向かう。
酷く泣いたのだろう。周りの女中になだめられ、だいぶ落ち着いたようだが、 涙のあとが残っている。眠っている間に 湯に入れ、清め 温めた幼子は 幼いながらに美しい顔立ちで、
将来は美女へと育つだろうと思われる。温まったからだろうか、年頃にあったふっくらとした頬は赤みをさし とても可愛らしい。
信秀は幼子の視線まで 体を屈めると
「名は?」
と聞いた。
「な、ってなぁに?」
「名前だ」
「あおい…」
不安そうに、それでもはっきりと名乗るこの幼子を気に入った信秀は 頭を撫で抱き上げた。あおい、と名乗った幼子はたいそう驚いたようだが、しだいに楽しげに笑い声をあげる。
「あおい、か。であれば…漢字はこれがいい。」
そう言うと、紙に大きく 葵 と書く。
葵が起きるまで だいぶ時間がかかったのに、親からの連絡が無い。探しているという情報も無い。つまるところ、捨てられたのだろう。
「葵、今日から私が父だ。お前は 今日から織田 葵 だよ。」
そう言って頭を撫でてやると 嬉しそうに目を細めて笑う。それを見て、信秀も笑うと
「吉法師を呼んで参れ」
と命じた。