第9章 テストは学生の宿命であり宿敵
よんでみたけど、返事がない。
『...寝てる? 』
前髪でよく見えなかったけど、少し角度を変えると目を閉じてるのがわかった。
動いてると思っていた手は、シャーペンを持ったまま止まっている。
いつもの猫背は、さらに丸まって。
耳をすませば、スースーと、規則正しい寝息もきこえる。
私に教えてて、あんまり自分の勉強進んでなかったのかなあ。
クーラーの音と涼しい風が、黒尾くんの髪をかすかに揺らしている。
今日の自習室は閑散として、近くには誰もいない。
やっくんと海も、珍しくまだ来ていない。
太陽は低くなっているけど、まだ夕陽の色じゃなくて。
外は暑そうだ。
校門を出ようとする生徒の、楽しそうな声が微かに届く。
穏やかな放課後。
いつもの、バレーボールと大声が飛び交う体育館とは違う。
無防備に眠る黒尾くんが、なぜだか無性に愛しくなって。
なんでかわからないけど。
前髪をそっと、撫でる。
「んん、」
『わ、』
急にのそりと起きた猫背に、慌てて手を引っ込めた。
「え、ん? 」
『え? 』
バレたかな?
「...ワリ、寝てたかも。」
『...“かも”じゃなくて、寝てたよ? 』
「まじか...なんか恥ず。」
『ふふ、いつも目の前で寝てるよ? 』
「や、そーですケド...。」
『ねぇ、質問してもいい? 起きたとこごめんね? 』
「おー。どこ? 」
良かった。
バレてないみたい。
寝顔を見られて少し恥ずかしがってる黒尾くんと同じで、私も黒尾くんを何となく撫でたくなった、なんて知られると、少し恥ずかしい。
これが黒尾くんの、気づかないフリだったって知ったのは、もう少し後の話だった。