第1章 本能寺の変
「ほぉ、あの夜と同じで威勢が良いな」
私が叩いた手を一瞬見た後、ドサッと私の身体を褥へ押さえ付け、両腕を掴んで私の頭の上に一つにまとめた。
「いっ..........」
「貴様に聞きたい事は山ほどある。.......そうだな、先ずは、誰の差し金で俺の命を狙ったのかを教えろ」
「っ............」
「言わぬと、どうなるか分からぬ程愚かではあるまい?」
つーっと、着物の襟を指先でなぞりながら、信長は目を光らせた。
「誰の差し金でもない。全て私が一人でした事」
「何?」
「仲間などいない!だから早く私を殺して!父と母のように......殺して!」
生き長らえるつもりなど鼻からない。早く、父と母の元へ......
「なる程.....両親を殺された恨みか。.......だが、この様にか弱き女の身一つで、あの夜本能寺に忍び込んで俺に薬を盛り、殺害しようとしたとは思えん。答えろ、貴様の後ろには誰がいる?」
私を見下ろすのは、冷たい、冷たい目........
顕如様の元には、こんな目をした人が大勢いた。
それは皆、大切な人を失い人を信じる気持ちを何処かに忘れてしまったから......
目の前のこの人も、誰かを失い、裏切られたのだろうか?
そして私の目も、こんなに冷たく人には映るのだろうか.....
「私の背後には誰もいない。あなたは、私の大切な家族を殺した憎っくき相手。全て、私一人でやった事。殺すなら、早く殺せばいい!」
顕如様の事を悟られてはいけない。
「強情な女だ。俺を前にしてもこれだけの事が言えるとは..... 口を割らぬとあれば、痛い思いをすることになるが、構わんのだな?」
ぐっ、と大きな手が私の首を軽く絞めた。
殺すなら、一思いに殺して欲しい....けれども、捕まってしまった今、それは叶わなそうだ。
目の前の男を殺す事だけを生きがいにして来た私にとって、失敗に終わった今はもうどうでもいい。
父上、母上、.....もう、お側に行ってもいいですよね?
このまま、拷問や辱めを受けるくらいならいっそ........
覚悟を決め、舌を噛み切って死のうとした瞬間、
「んんっ!」
別の何かにそれを阻まれた。