第1章 本能寺の変
『................空良』
聞き慣れた優しい声。
振り返らなくても分かる。
ずっと、ずっと聞きたかった声、会いたかった人。
『母上っ、それに父上も』
良かった、二人とも一緒で。
私も今すぐそこに.......
走り寄って抱き付きたいのに、走っても走っても、何故か二人の元へ行けない。それどころか遠ざかって行く
『父上、母上、お待ち下さい、私も、空良も一緒にお連れ下さい。もう、一人は嫌です。待って、置いていかないで』
「行かないでっ!」
そう叫んで伸ばした手を、ぱしっと誰かが掴んだ。
「ん..........」
「やっと目覚めたか」
低くて良く通る声。でも.....父上の声じゃない。
「.............だ....れ?」
掴まれた手が温かい。人の温もりを感じたのは久しぶりだ。
温もりをくれる手の主を見ようと身体を動かすと、
「いっ......っぅ......」
身体中が痛い......特にみぞおちがズキズキする....
「急に動くな、無理な体制で長距離を移動して身体に負担をかけた」
「.......あなたは?」
漸く目の焦点が合って来て、掴まれた温かい手の主を見た。
「........っ........信長っ!」
慌ててその手を離し、その場を力の限り離れた。
「そうだ、俺は織田信長。.....貴様が殺そうとした男だ」
ニヤリと、男は口の端を上げた。
(そうだ......私捕まったんだ.....)
目だけを動かすと、見たことのない豪華絢爛な部屋。
天井の細部にまで装飾が施され、見るからに権力者の部屋だと分かる。
「ここは安土城。俺の城だ」
「っ..........安土......城.....?」
信長の城......
血の気が一気に引いて行く。
敵の本拠地に連れて来られたと言う事は即ち、死を意味する。
しかも、目の前の魔王は私が命を狙った事を知っている。このまま拷問を受けて、全てを話すまで殺してはもらえない。
「空良」
私の名を呼び、信長の手が伸びて来た。
「私の名を呼ばないで!あなたにだけは呼ばれたくない!」
この男がなぜ私の名前を知っているのかは分からない。
触れられたくもなく、ぱしっと、伸ばされた手を叩いた。