第6章 言えぬ思い
「またお得意の強情か、痛い目にあっても知らんぞ」
「あいません、あんな豪華な着物を着て歩いてる方があらぬ誤解を招きそうで危険だと思います」
「貴様は俺の侍女で、寝食を共にし夜伽もしておる事は城の者なら知っておる。他に誤解されて困る事があるのか?」
「なっ、..........」
何をしれっと......
その全てが困るんだって事に気づいて欲しい。
けど、これをこの人に言ってもまた会話は成立しないだろう。
諦めた私はぷいっと顔を背けて朝餉の膳を取りに行こうと襖を開けた。
「待て」
手を引っ張られて、背後から抱きしめられた。
「な、何ですか?」
「少しじっとしていろ」
信長様は私の両方の横髪を掬い上げると、順番に何かを私の耳に付けた。
「何?」
「耳飾りだ。南蛮渡来の”とるまりん“という石で作られておるそうだ。これをしておれば、貴様が俺の女だと少しは分かるだろう」
手鏡を取り出して見ると、綺麗な空色をした石が私の耳にぶら下がっている。
「こんな高価な物.....」
それに、信長様の女だと思われるのもすごく困る。
「......貴様は、二言目には豪華だとか高価だとかしか言えんのか。女なら綺麗だと言って素直に喜べ」
呆れた声で信長様は言うけど、
「そんなの無理です。こんな高価な物.....見た事も無ければ触るのも初めてで.....」
こんな綺麗な石がこの世の中に存在する事すら知らなかった。
着物といいこの石と言い、こんな凄いものを簡単に私の身に付けて来る信長様は、私とは違いやはり雲の上の存在なんだと実感する。
「俺の選んだ物は常に何か身につけていろ。今日は、着物かこれか選ばせてやる。それ以外はない」
ちゅっと私の首に唇を押しあてながら、信長様は私に選択を迫る。
「わ、分かりました。この耳飾りにします」
後でこそっと取り外せばいいし。
「俺のいない所で取り外そうなどと思うなよ!」
バレてる!?
「わ、分かってます!」
でも外すけど....
「ならいい、貴様に良く似合っておる」
私を正面から抱きしめ直して信長様は嬉しそうに目を細め、軽い口づけをした。
その笑顔に心を乱されながらも、やっぱり後で耳飾りを外そうと思った私は、この約束を守らなかった事を後で後悔する事になるとは、この時は思いもしなかった。