第46章 夫婦の絆〜信長様誕生日sp〜
「いえ、吉法師様は無傷で今は別の部屋で侍女と過ごしております」
「ならば問題はなかろう」
「それが、空良様の記憶に問題が生じている様でございまして…」
「はっ?」
空良に会いたい気持ちを抑えながら聞いた医師達の話では、吉法師を庇い落ちた時に空良は頭を強打しており、それにより記憶の一部を失っていると言うもの…
「一部とは?何を忘れておる?」
「それが…」
医師は気まずそうに顔を下に向け言葉を濁す。
「はっきり申せっ!」
「っ、空良様はどうやらこのお城に来る前までの記憶しか無いようでして…」
「何っ?」
「吉法師様がご自身のお子であること、信長様のご正室である事など、本能寺の変以降の事は何一つ覚えてはおられないご様子で……」
医師の話を聞けたのはそこまでで、俺は我慢の限界が来て襖を勢い良く開けた。
「!」
部屋の真ん中には、布団の上で半身身を起こし驚いた顔で俺を見る空良の姿……
(顔色は良い。大事はなさそうだ)
先ずは奴の無事な姿に胸を撫で下ろす。
「空良」
愛しい女の名を呼び手を伸ばせば、奴は分かりやすく体をすくめ恐怖の色を大きな瞳に浮かばせた。
「あなたは織田信長っ!」
「そうだ俺は織田信長だ。そして貴様の夫だ」
「えっ、おっ、夫……!?」
見る見るうちに顔が青ざめて行くのが分かる。
初めて出会った日に、奴が俺を見ていた顔と目を思い出した。
「空良俺だ。貴様が俺を忘れるはずがない」
伸ばした腕で奴の肩を掴んで抱きしめた。
「やっ!離してっ!」
全身に力を入れて身を捩り、空良は俺の腕から逃げ出し部屋の隅へと走った。
(俺を…覚えておらんだと?)
目の前にいるのは心を通わせ合った愛しい女のはずなのに、あの大きな瞳に映る俺は今の奴にとっては両親を殺した憎い相手でしかないのか?
「……呼べ」
部屋の外に待機する家臣へ命を下す。
「はい?」
「寺に遣いを出して空良の兄を呼んでまいれっ!今すぐにだっ!」
「はっ!」
今の俺が何を言おうと奴が信じるとは思えず、今の奴の頭の中では行方不明となったままであろう兄を呼び、記憶を多少なりとも引き出す事にした。