第44章 私の育った故郷では 〜信長様誕生日sp〜
(あっでも、これは渡しておこう)
「嘉正様、これは祝言を挙げられる方と一緒に使って下さい」
私は、お祝いの品を嘉正様に渡した。
「これは?」
「夫婦箸です。本当は茶碗にしようと思ったのですが、道中割れてもいけませんので。それにお箸は安土の名工が作った丈夫な物。嘉正様と奥方になられる方が末長くお幸せにと思いこれを選びました」
「見ても良いか?」
「はい」
嘉正様は桐の箱を開けてお箸を一組取り出した。
「これは見事な漆塗りの箸だ。空良ありがとう。大切に使わせてもらう。私もお二人に負けない良き夫婦になるつもりだ」
「はい。嘉正様の幸せを安土から願っております」
早とちりをしてしまったけど、無事にお祝いの品を渡せた私と信長様は、日置屋敷を後にして最後の目的地へと向かった。
・・・・・・・・・・
「ここか……?」
「はい」
私たちが向かったのは、私の屋敷跡。
悲劇の起きた土地は更地と化し、今は新緑が生い茂っていた。
「降りるぞ」
信長様は馬から降り、私も馬から降ろしてもらった。
「怖いか?」
信長様の着物に掴まり一歩を踏み出せない私に信長様は問いかける。
「っ、いいえ…でも、何も無いんだなっ…て」
まるで最初から何もなかったように、ただ草むらだけが広がっている。
「私が生まれ育った家は…本当にもう無いんですね」
笑い声が溢れていたあの幸せな空間はもう存在しない。
「あ、祠が…」
里の者たちが建ててくれたんだろうか?小さな祠がひっそりと佇んでいる。
「手を合わせに行くぞ」
「はい」
信長様に優しく手を引かれ、祠の前まで歩いた。
すっと手を離されると、信長様は静かに手を合わせて目を閉じた。
神仏を信じない信長様の、あまり見ることのない綺麗な光景。
「ふっ、俺に見惚れておらずに貴様も手を合わせろ」
「はっ、はい」
ククッと笑いながら信長様は再び目を閉じる。
私もそれに倣って手を合わせ目を閉じた。