第44章 私の育った故郷では 〜信長様誕生日sp〜
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「ここは、私の一番のお気に入りだった丘です」
あの日以来登った丘は、あの日と何も変わらないまま残っていた。
「そうか」
信長様は短くそう答えると、里が一望できる崖の方へと足を向けた。
「この丘は雪の季節には登れなくなるので、雪解けを待って誰よりも早く一番にここへ来るのが私の楽しみの一つで、それ以外にも一人になりたい時や嬉しい時も、いつだってここに来てはここから眺める山里に癒されてたんです」
「確かに良い眺めだ。貴様もこっちへ来て久しぶりの景色を楽しんではどうだ?」
信長様は当時私がいつも里を見下ろしていた場所に立って手招きをした。
「………っ、正直、そこに行くのが怖いんです」
体を動かそうとしても、足が体が途端に震え出して動かない。
「空良?」
「すみません。本当は越前に入った時から少し怖くて…、あっ、違うんです。今回の旅は本当に楽しみにしてたんです。ここに帰って来られるのも楽しみにしてましたし…、けどいざここに来たら現実を知るのが、あの時の事を思い出すのが怖くて…、だから嘉正様の御屋敷に先に行こうと…、っ、黙っていてごめんなさい」
「…………」
信長様は何も言わずに目を見開き私をまっすぐに見つめる。
「ここは確かに私の一番好きな場所でした。あの日、将軍足利義昭に出会うまでは」
「!」
「それで、あの…今、信長様が立っておられる場所に、将軍、足利義昭が立っていて、………それで……あっ」
説明している間に足早に私の元へと来た信長様は、私を掻き抱き胸の中へと閉じ込めた。
頬に触れる信長様の鼓動が優しく耳に届いて身体の震えが治まっていく。
「続きを…聞かせてくれるか?」
信長様の腕の中で私はコクンと頷き、話を続けた。
「将軍は、ここから京の都が見えると思ったのだと言っていました。私は何も知らずにいつも通りにこの丘へと来て、そんな将軍に偶然に会ってしまったんです。畏れ多くてほとんど言葉は交わしておりませんし、将軍に会ったのは後にも先にもその一度きりなのに、なのにあんなことに……」